心理学/アートで本質を伝える襟田麻衣のブログ

18年のひきこもり&発達障害(ADHD&ASD)うつ病を経て、伝えたいことを心理学やアート、ブログで発信!!

「無い」は「在る」であり、生きづらさは進化につながる

最近うつ状態になっていた原因とは?

昨日のブログでも書きましたが、実は老いがどうのこうのなどと考えてうつ状態になっておりました。そのきっかけになったのは、社会復帰できると思っていたのに思うようにいかなかったことです。

「社会復帰できない」という体験から、「そんな自分はダメだ」という考えになり、そういう自分を作ったのは、「今までの自分の行動の結果」と考えると、歳を重ねることでどんどん「ダメな自分」を作ってしまった、歳を重ねたら失うものが多いのに、何も得る経験をしてこなかったと落ち込んだわけです。

それって私の人生どんどん詰んでることになるなという思考に至り、存在しても仕方がないし邪魔かもしれない→だったら死にたいとなったわけです。

まぁ今は自殺を阻止する考えや、それを推し進める経験も積んでいるので、自殺したくなっても、前より行動には移しにくくなっていると思っています。

ただ、死んでもいいという思考に逃げられないことは、苦しい状態が続くことになります。

そこまで深刻に考えるから逃げられなくて苦しい現実になっているわけで、そのため生きづらくなるのは仕方がなく、それを受け容れるか思考をやめるしかないのです。

そもそも思考できない人は、(少なくとも現時点では)深く考えることができないのであり、深く考えられる人は思考する、しないの選択肢が取れると認識したことで、前向きに捉えることができました。

「何もない」ことに気付く「思考」が存在している

私は年齢を重ねているのに、同世代の人が持っている「仕事(もしくはそれに繋がるスキル)」や、「パートナー」、「子ども」といったものを持っていないことに気付いて絶望していました。

気付いているのは、思考できるからであり何にでもなれるかもしれません。

思考する癖によって、行動できなくなっている現状から何か生み出せないか、具体的に考えてみました。

「できない人間」の例として発信できる

「自分はダメだ」と気付くことで、「こう行動した(もしくは行動をしなかった)ことで、私はダメになったから、皆さんは真似をしないように」と反面教師になって発信することができます。

そうなると、大半の人から嫌われたり憎まれたりしてしまいますが、ああなりたくないと思って実行してもらえたら、私のような失敗例を減らして社会に貢献できたことになります。

「できる」から「できない」が生まれるのなら、あらゆるマイナスがプラスに変わる可能性を秘めています。マイナスの反対はプラスではなく、マイナスにもプラスにも働かない状態かもしれません。

あらゆる伝える手段を持っているのは強みだ

私は伝えるためにいろいろな手段を使うことができます。

ブログに書くこともそうですし、文章を変化させて小説は詩という形態も取れる、絵を描くことでも表現できるし、絵に文字を加えることもできます。例えば漫画は典型的な、「絵と文字によるアート」ですよね。

作曲もできないわけではないのですが、文章や絵として表現するよりは下手なので、実質使えないかもしれませんがね。

知ることができる「もの」ばかり見抜く才能

少し話は変わりますが、ネガティブな感情に傾いたきっかけがありました。

具体的に説明すると、10代までの間に「いいな」と思った芸能人がいるけど、15~20年近く経った現在の姿を見て、がっかりしたことがあって、「私は人を見る目がない」と感じたことです。

でもがっかりしてるということは、その人はある意味需要があるから、現在も「がっかりな情報」がキャッチできる存在になっている(つまり現役で活動中)ということですよね。

そこで、「あの人は今」企画を立てて、過去に好きだった人を片っ端から調べてみました。
するとかつて興味を持った人の多くは現在を突き止めることができたのです。

芸能界たるもの(に限らずどの業界も)多くの人は消えていって現在がわからない状態になることが「当たり前」なのに。

「良い、悪い」どちらを感じようが、生き残る人を見抜く技術、それはある意味才能じゃないか?? という結論に至りました。

これは「人」に限らない「何か」であっても結構残っていたりします。

例を出すと過去にすごくハマったゲーム――現在も好きなファイナルファンタジー7が何かのアプリゲームで復刻されているのは、需要があるからですよね。もちろん他にもそういう例がたくさんあります。

そしてその能力は良い方向、下手すればビジネス能力にすら変換できるのかもしれません。

「無い」は「在る」でもある

そう気付いたきっかけは、「心の病が癒されるあるがままメソッド」という本で知ったこの理論からです。

――引用


宇宙はビックバンから始まったという「ビックバン宇宙論」では、私たちの起源は同じものから発生しているといわれます。
現代の量子力学によれば、宇宙全体をもっとも小さな単位のレベルでとらえると「量子のスープ」のようなもの、膨大なエネルギーと情報からなる「場」ということになるようです。そういうレベルで見ても、宇宙にはまったく分離はなく、すべてがつながり合って一体なのだといわれます。
さらに、私たちの体や細胞をはじめ、あらゆるものを構成している「原子」、さらに小さい「素粒子」は常に振動しており、その動きは波長・波形・振幅・周波数をもった「波動」であることも明らかにされてきました。物質だけでなく、思考や感情など意識も振動し、波動を発しており、共振・共鳴して伝わっていくといわれています。
宇宙全体はさまざまな波動を抱えて共振・共鳴し合っている「量子のスープ」であり、すべてがつながり合って一体なのだということです。私たちの間には分離はないのです。


――引用終わり

「ない=無」だと思っていたものが、実は「量子のスープ」として存在している、万物は影響し合っているなら、別れても「分断」になることはないので、悲しむ必要はないと安心しました。そのときに自分が一番怖れていることは孤独であることだと気付いたわけです。

歳を取っているにも関わらず、能力として何も積み上げられなかったのですが、それによって人との関係も含めてすべてを失ってしまうことはありません。人との関わりはゼロになることは現実的に考えてあり得ませんし、失ったように見えても実は孤独ではないので、怖がる必要はもうないのです。

下記のブログにも取り上げた、「誰かのために泣ける奴は決してひとりじゃない!」というセリフも、感情という素粒子でつながっているから孤独ではないという意味かもしれないと思いました。

ikidurasa.hatenablog.jp

第三の認知行動療法で生きづらさは少なくなる

第三の認知行動療法によると、徹底的受容をすることで良い、悪いを判断しないことや、「今、ここ」を認識することがよいとされています。

一度拠り所がなくなった経験はしんどかったですが、それは何にでも囚われないことと同じです。それは第三の認知行動療法における「あるがまま」の状態であり、進化の過程に生じるものだったのです。

(そのため、第三の認知行動療法の一つ、マインドフルネスでは、瞑想を実行することで、「今、この瞬間をあるがままに捉える」ことが当たり前になるようにしましょうという教えになっています)

また、他の何かの本によると――

意識の変化は螺旋階段を上ることなので、元に戻ってしまったと感じてしんどくなるのは、上から見て同じ位置に見えるところまで上ったからで、本当に上っていないのなら元に戻ったこと自体に気付けないものだと書かれていました。

よく生きづらさを感じてしまう人間は、進化する可能性を秘めた人間なのかもしれません。

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