心理学/アートで本質を伝える襟田麻衣のブログ

18年のひきこもり&発達障害(ADHD&ASD)うつ病を経て、伝えたいことを心理学やアート、ブログで発信!!

厳しい意見を言う人こそ大切な人である

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本当にその人のことを考えているから、あえて欠点を指摘します。
改善したらもっとその人の人生が良くなると思うから。

どうでもいい人の欠点は指摘しないものです。
嫌われるリスクを背負ってまで、そんなことしたくないからです。

ありのまま認められることはいいことか?

以前、私の悪いところを片っ端から指摘してくる人がいました。

その人に出会い、いろいろ言われたときに私が思ったのは。

「どこが悪いのかはっきり言ってくれるなんて、どんだけいい人なんだ!!」

今まで知り合った人は、私に問題点があっても指摘せず、無言でサヨナラする人ばかりだったのです。

大変感激したものですから、「あれも直さなくては、これも直さなくては」とうんうんうなっていたところ。

ある人に、「ありのままを好きになってくれる人と付き合えばいいのに」と言われました。「そういう人と付き合っていたら、しんどくなるんじゃない?」とも。

確かにしんどいのかもしれませんが、実際に私は改善すべき部分が多数あり、それらが問題だから今まで人とのご縁を大切にできなかったり、仕事もろくにできなかったのでは? と思うのです。

指摘する人を受け容れなかったらどうなる?

欠点を指摘されても意見を聞かない、あるいは意見する人を遠ざけているとどうなるのか。

例え間違ったことをしても誰も指摘しなくなります。
何をしてもOKが出る環境ですから、間違いに気付けなくなるのですね。

まぁ掲示板などで匿名で書いているアンチの意見なんて聞かなくてもいいと思いますが……。

身近にいる仲間の意見は愛あるものです。

「指摘だけされても、どうすれば改善できるのかを一緒に考えてくれないと、無責任だと思う」と論破した友人もいましたけどね。

あえて意見してくれる存在は大切にしたいものです。

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